Livenow

「生きるということ」

 

その日は、結構気合が入った日だった。

少し緊張感のあるホンジュラスから国境を越えニカラグアへ。

目的地の街レオンは最短150km。そして、自転車旅仲間のさやかちゃんが連絡をくれて宿で落ち合うことになっている。日も短くなっているので、なるべく早く到着したい。

しかし、この日は結果として全てが裏目に出た。

 

スタートは7時前。普通に行けばだいじょぶ。

国境までは、道路コンディションは穴ぼこだらけでひどいものの、割と順調だった。

いつものように、イミグレーションで出国スタンプをもらい、国境となっている橋を渡ってニカラグアへ入国。気持ちもノッてる。

 

入国時のことだった。入国管理局に入った途端のシステムトラブルで入国手続きができない。メインオフィスに職員も僕も移動して手続き。しかしなかなか進まず1時間以上も待つことになった。

 

それでも、無事入国スタンプをもらい。また走り始めたとき、フト前を見上げたときの

空気の透明感や光がほんとに美しくて、しばらく心が跳ねていた。ニカラグア、きっといいことがある。そう確信できるような素晴らしい光景だった。

 

すれ違う人に挨拶をし、抜き去るバイクが手を振っていく。なんて気持ちの良い。

しかし午後100km過ぎたあたり、グワッと地平線のほうから雲が噴き出してきてあっという間に空を覆った。大粒の雨が落ち始める。なんとか少し濡れただけで、売店に逃げ込めた。しかし雨はなかなか止まない。

 

あと40kmほどを残して、もう日は傾き始めている。焦りのなか、まだ雨が落ちているが再開。とにかく走らないと。しかし、雨で予定していたルートが水没。仕方なく遠回りとなる国道を迂回して走る。あと20kmほどのところで完全に日が暮れた。

 

ヘッドライト、テールライトを点けて夜道をひた走る。ぶつけられたらOUT。一気に緊張感が高まるナイトラン。神経を集中させてただ前を見つめてペダルを回す。あと15km、あと10km。カウントダウンが見えたところで到着したLEON手前の小さな町。ここの路地で終わった。

 

一本通りを間違えて、そこにはやんちゃそうな人たちが集まっていて、あわてて引き返した目の前に浮かんだ真っ黒いホール。気付いた時には前輪が落ちていた。

 

プシューーーーー。。。

まさか住宅地のど真ん中でパンク。しかも夜だ。張り詰めていた気持ちが抜けた。

頭が真っ白になりそうなところを、引き戻す。だめだ、考えろ。とりあえず街路灯のある下までへしゃげたタイヤの自転車を押し、横たえた。深呼吸。あきらめるな。

 

自転車を倒してパンクの修理に入るころ。さっきまでこちらを警戒感を持って見つめていた子どもたちが近づいてきた。それにつられて街歩く大人も。簡単なスペイン語でパンクしたこと、旅をしていることを作業しながら伝える。

 

子どもたちが僕の修理を心配そうに見つめる。おじさんが何かを取りに家に走った。

そうしているあいだに、気持ちもしっかりしてきて、笑顔も戻ってきた。

すっかり修理を終えて、ありがとうこれで大丈夫だよ、と伝えて立ち上がろうとしたら、

さっきまで僕を見つめていた女の子が手にジュースを持って帰ってきた。

彼女が来た方向を見つめると、玄関からこちらを見つめるお父さんがこちらを穏やかな

表情で見つめていた。

 

「生かされてる」

そのときこの言葉が浮かんだ。

僕は旅をして、ここで助けられた。それは間違えないんだけれど、僕は生かされている

と感じた。そして同時に、生きている実感が湧いてきた。その後、食べるものまでいただいて、僕は折り鶴を渡すくらいしかできなくて、そしてみんなに見送られ、また夜の道路を

走り始めた。

 

もう気持ちは揺らがなかった。それ以上に、大きな感情が僕に宿っていた。

今日起きた「思い通りにいかないすべて」が僕をあの場所に導いた。そして、助けられ

「生かされている」ことをあらためて感じた。それは何か大きなものに抱かれているような、そんな揺るぎないあたたかな気持ちだった。

 

最後まで走りきり、すっかり夜に入った8時前に宿に到着した。そこには仲間のさやかちゃんが待っててくれて、再会のハグをして、それからお互いの旅の話に花が咲いた。

 

世界を知ること、そこに生きる人と出会うこと。

旅の目的や素晴らしさはそれぞれだけれど、僕の行く先は「生きること」

なんだとこの出来事が語っていた。

 

思い描き、しかしその通りにはいかず、気持ちが切れそうになり、けれどそこで救われる。

まるで人生のしばらくの期間を、たった1日で経験させてもらったような、そんな不思議な

1日だった。