Life

【仲間について】

 

昨日の夜、同じ宿に泊まっているバックパッカーの人と何気なくこれまでのお互いの旅について話していた。そんなとき、彼がふと思い出したようにこう言った。

 

「へぇ10年前はアジアを自転車で旅してたんですね、じゃあもしかして○○さんって自転車乗っていた旅人知りませんか?」

 

数年ぶりにその名前を聞いて、彼の人懐っこい顔が浮かんだ。

そして、それから彼が仲間の旅の、そして人生の最後ともなった土地を訪れることが旅の目的のひとつだったことを知ることになる。

 

10年前に2年かけてユーラシアを旅した彼は、パキスタンで彼に出会ったそうだ。毎日のように一緒に出かけたり、お酒を呑んだり、いろんなことについて語り合っていた。そして、その強烈な人柄のファンになってしまったようだ。そして10年後、人生の区切りで旅に出ようと思い立ち、2年のユーラシア旅のときにバックパッカー達が口を揃えるように1番楽しかったと言っていた、そして彼が好きだった仲間の最後の日々を過ごした土地でもあった南米を旅することにしたそうだ。

 

その仲間とは世界一周をしていたサイクリストだ。全部で8年ぐらいかけて世界を回っていて、僕は中国の四川省で彼に出会った。「バッカじゃないの!」が口癖で、いつも旅で何かにぶち当たっては「バッカじゃないの!?」と文句を言って本気で怒る。けどそれは旅するなかで僕らも抱いている思いで、けど僕らはそれをうまく自分なりに解釈したり、または溜め込んだりしてモヤモヤしているんだけれど、彼はその感情を濁したりせずスパッと言い切って、しっかり怒って、そのあとはまた人懐っこそうな笑顔に戻って仲間達を笑わせていた。正直に生きるとは、あんがいこういうことかもしれないなーと思わせてくれるような、ほんとに人間らしい人だった。

 

そのとき僕らは中国四川大地震のボランティアで毎日被災地で作業していた。彼は確かどこかに自転車を置いてボランティアのために四川に来ていた。大柄でチカラ持ちで、ほんとに無駄なことを一切話さず作業に打ち込む首にタオルを巻いた彼の姿をとってもよく覚えている。僕もかれの人間らしさがとっても好きだった。

 

あれは確か東日本大震災の次の年だった。四川で一緒にボランティアをした仲間から、彼が南米で亡くなった話を聞いた。あまりに突然で、そして詳しいことはそれを教えてくれた友達も分かっていなくて、なんだか半分信じられないような、彼がまだあの人懐っこい笑顔でどこかにいるような、そんな思いを描いたまま。あの頃出会った仲間と日本で再会して、彼との思い出を話したことも何度かあったと思う。

 

 

あれから数年。まさかこのハバナの地で、彼と出会い、また彼の足跡をたどって旅した人と出会うなんて思ってもみなかった。そして、ほんとにこれは偶然なのだけれど、数日前にふと「あぁ僕ってあのときの彼ぐらいの歳になったんだな」と思い出していたところだったのだ。昨日はそれからしばらく、その旅人と仲間の思い出をお互いに語り合った。エピソードは違えど、そこに入っている仲間のキャラクターはまさしく彼そのものだ。僕なんて彼と出会って過ごしたのが2008年だから9年前なのにそれでもこんなに鮮明に彼のことを覚えている。それぐらい自分の気持ちに正直で、人間らしくて、愛される人柄だったんだろう。

 

この旅人さんが、現地で知ったことや彼の日々については、仲間のご家族の思いがあるそうなのでここには書かない。直接彼のことを知っている仲間には会ったときに話そうと思う。

 

彼のことをふと思い出したのと、この旅人さんに出会ったことも何かのタイミングなのだろうと思い、少し彼について書こうと思った。彼は目的は果たすことができなかったけれど、こうして出会った人々の中に一生残るような強烈なインパクトを残していった。

 

昨日ちょっとだけ命について考えるきっかけになったのもあってこのブログを書いている。

昨日は自転車仲間からこんなメッセージが届いていた。

「また強気な西川くんに戻って来たかな?子どもたちのヒーローになることも大切だけれど、命の危険を感じたときに旅の引き際を教えることも大切だと思うよ。」とあった。

 

命って、なんなんだろうなほんと。

この国のチェゲバラにしても、もちろん今の僕にも信じられないようなことを成し遂げた。僕よりずっと若い歳で、仲間を率い、キューバ政府と戦い、そして革命を達成した。

もちろん彼は世界の歴史に残る人物だ。僕なんてそんなの一生関係ないまま自分の人生を終えるだろう。

 

短くて、けど後世にまで名前を残す偉人はたくさんいる。もちろん今でも生きてる偉人もたくさんいる。じゃあ僕がそうなりたいか?別にそうなりたいわけじゃない。そしたら何になりたいのか?どうやって生きたいのか?

 

前回の旅はちょっと劇的な最後になって自分でも生きる使命感みたいなものを持って日本に帰って、そしてずいぶん傲慢になっていたところがあるんだろうと思う。僕はアホなので、そういうときはほんと分からず、半年後のいまになってなんとなく「こうだったなー」と思いはじめて情けない思いになったりもする。

 

僕のこれから。僕の人生。僕のいのち。

何かを成し遂げる、成し遂げたというよりかは「納得して生きた」という実感だけは持って死にたいなと思う。自分でどうにかできること、どうにもできないこと、世の中にはたくさんあるけれど、これでよかったんだと納得して終えたい。それには長いも短いもないように思う。いつそのときが来たとしても「これでよかった」と思いたい。

 

こんなこと書くと、いろいろ思われる方もいるだろう、けどこれは自分が表現したいことではなく、自分の中で完結すべきこと。だからといって、無謀な生き方をしたいとおもっているわけでもなく、命のリスクを進んで突き出そうとしているわけでもない。来年やりたいプロジェクトについてもずっと考えている。

 

ちょっと長くなったから今日はこんなところで。

 

*仲間にお願い

ここに書いた仲間のことは、ネットに残るカタチでは・・・というご家族の思いもあって実名や詳細について書いていません。僕とのメッセージの直接のやりとりは大丈夫ですが、コメント欄などで彼の実名を出すことはご遠慮ください。